室蘭中学校校歌&室蘭栄高等学校校歌
2009 / 02 / 21 ( Sat )
室蘭中学校校歌&室蘭栄高等学校校歌
室蘭栄高校白鳥会HPより校歌の歌詞を転載させていただきました。
合唱は「すずらんの会」の皆様です。


◎室蘭中学校校歌
作詞:北原白秋 作曲:山田耕作

 
 日よ照り輝け晴れたり青空
 我らは集へり集へり集へり
 室蘭中学輝け我が校
 大なり北海アイヌモシリ
 野に満つ鈴蘭その香高し


 緑よ輝け晴れたり有珠岳
 我らは学べり学べり学べり
 室蘭中学輝け我が校
 質実剛健朝に夕に
 培ふ校風その香高し


 潮よ輝け晴れたり白鳥
 我らは勢へり勢へり勢へり
 室蘭中学輝け我が校
 希望ははてなく若く若く
 轟く波の穂その香高し






◎室蘭栄高等学校校歌
作詞:土岐善磨 作曲:信時 潔

 
 雲は晴れたり室蘭の
 山より山へと連なる緑よ
 仰ぐや有珠岳 風遠く
 けだかき心希望もあふれて
 真理のひかり 空深し

 友よポプラの下かげに
 語れば潮の香 胸にも満ちずや
 鈴蘭摘みにし道いずこ
 太平洋の浪おと新たに
 世界のひびきいざ聞かん

 若きわれらの進むべき
 自由のゆくてはあかるく遥けし
 咲きてる桜に 月かげに
 楽しくこぞるこの春この秋
 正義のちから 地に敷けり
 栄高校その名にさかえて
 北海ここにわれらあり
10:00:00 | その他 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
東室蘭駅とその周辺が大変身!
2009 / 02 / 09 ( Mon )
東室蘭駅とその周辺が大変身!

駅8駅6えき4
駅1 駅3 

東室蘭駅は周辺は昨年3月にエスカレーターとエレベーターを階段脇に備えた自由通路で東口と西口を通路で結び、橋上に駅やキヨスクがコンビニ化したり関連施設が充実しました。

これで東西の往来が活発になり便利になりました。東口はさらに広場が整備され、向って左側に駐車場、右側はバス停留所とタクシー乗り場が設置され機能が向上しました。

ホテル2ホテル1

西口は従来どおりですが、降りて左側のパレスホテルの跡がホテル・ルートインに変わりました。
これらの周辺整備で駅近辺も少し変わるようです。



室蘭駅の隣接地に広域ビル完成!

市庁舎2 市庁舎1

これまで胆振支庁の移転問題が論議されていましたが、移転先として海岸町の旧室蘭駅の隣接地に広域センタービルを市と商工会議所が新築してこの中にテナント入居することで決まり、
このビルの建設を進めていましたが、この2月28日に竣工します。

3月からテナントが入居し、4月から本格的に運用されます。テナントは核の胆振支庁のほか市の窓口関係、北洋銀行、室蘭信用金庫に商工会議所などが入ります。

これで海岸町、入江町が有機的に結びつき新室蘭駅を中心にこの界隈も少し元気づくことになればと思います。

                                          室蘭より 記/10期:大場龍雄
16:36:31 | 室蘭便り | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
東京白鳥会「第3回講演会と新年親睦会」102名集う
2009 / 02 / 02 ( Mon )
東京白鳥会「第3回講演会と新年親睦会」102名集う!

平成21年1月24日、東京白鳥会の新年親睦会を兼ねた第3回講演会が東京・新宿区の関東ITソフトウエア健保会館「桜華楼」で開催されました。講師は栄高8期生の塚田尚史さん。
塚田さんは日本製鋼所室蘭製作所の所長、同社副社長を歴任され、この度原子力発電所用材料の研究開発に関する功績により藍綬褒章を受章しました。
102名の聴衆を集めて午後3時講演は開始です。司会進行は和服姿も艶やかな14期生の今井旬さん。第1回から連続しての司会役で、今や今井さんなくしての講演会は考えられないというほどのはまり役です。今井さんどうもご苦労さまでした。
講演に先だってまずは鴨下重彦白鳥会会長の開会の挨拶、そして司会者による塚田さんのプロフィールの紹介があっていよいよ講演です。
演題は「原子力発電を拓く製造技術-室蘭から世界に-」
世界には現在439の原子力発電所が在り、さらに着工中のもの計画中のものをふくめるとその総数は788に及ぶということです。その原子力発電所所の基幹部材の世界シェア80パーセントを持つのが日本製鋼所室蘭製作所というわけです。講演はこの辺りの実情を中心に1時間半にわたって展開され、午後4時半無事終了しました。塚田さんありがとうございました。



ついで、午後5時から親睦会にうつり、第1期生阿部一猛さんの乾杯の挨拶は「原子力技術は平和のみに役立ててほしい」という祈りにも似たスピーチから始まりました。
親睦会は2時間なごやかに行われ、午後7時校歌合唱と共に終宴を迎えました。
皆様お疲れさまでした。
講演会1 講演会2 講演会3



                                               東京白鳥会事務局
 






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生きがいを残してくれた高校時代の日々
2009 / 02 / 01 ( Sun )
生きがいを残してくれた高校時代の日々

第13期卒業 高嶋 威男

 私達の入学式ではグリークラブ(11,12期の8名)のハーモニーが歓迎してくれた。校長の話などは記憶にいないが、あの男性コーラスの響は今でも忘れていない。昼休みには毎日応援歌の練習、昼時間になると応援団員が教室にきて指導してくれる、そのため早飯をする。そのうちクラブ活動の紹介があり、運動部、文化部一つづつクラブに入るよう勧められる。私は運動部として港北中学校の先輩、伊花忠夫さんの勧めで山岳部に、文化部はやはり近所の先輩から誘われ生物部に入部した。また中学校の先輩広野貢二さんからは放送局へ誘われた、その時のボス(局長)が東京白鳥会の事務局を担当している小林澄子(旧姓岩瀬)さんだった。だから今も頭が上がらない。
 山岳部では基礎体力をつけるトレーニングとしてイタンキ浜でウサギ跳びをしたり、キスリングを満タンにして階段登りなどをして鍛えた。また装備の使い方や三点支持など訓練された。お蔭で今も趣味でつづけている登山に役立っている。1年目は大雪山の縦走、(天人峡温泉~化雲岳~白雲岳~黒岳~層雲峡温泉)だった。小林澄子さんも一緒だった。1年生の私と平君は食事係だ、朝は暗いうちから起きて食事の支度、雪渓からしたたる手が凍るわずかな水で米を研ぎ、飯ごうを焚き火にかける。失敗もあった、汁粉に間違って塩を入れてしまった。でも先輩は優しかった。昨年40年ぶりに大雪山(旭岳~黒岳)を縦走した。コマクサやイワギキョウなど高山植物が咲き乱れていた。なんと言っても山の大きさは日本一だ。
生物部では岡本先生の影響か、植物をやる人が多い中で私は昆虫を選択した。山岳部、生物部の活動で室蘭岳にはよく登った。ヒュッテにいく途中の牧場には牛や馬が放牧され、その糞に集まってくるコガネムシ類、特にダイコクコガネの生態に興味がわき、いつもスコップを持って行ったものである。ダイコクコガネの研究は、全道高文連で成果を発表した。私が卒業後も後輩たちが研究を継いでくれたようだ。
放送局では、録音構成「新しき土」が全国高校放送コンクールで東日本地区の最優秀賞を受賞した。この録音構成は、大滝村の清原開拓部落をテーマにしたもので、入植からの開墾の苦労話と、入植者を支えた小学校の校長先生の話からの構成だったと思う。全体の指揮はボスである小林澄子(旧姓岩瀬)さん、私は、主に運搬、設営を担当した。清原へは新大滝駅(旧胆振線)から徒歩で2時間近くかかった。キスリングにはデンスケ、テントが入っていて結構な重量だった。制作には2年をかけ、現地の取材も数回に亘った。
卒業後は私達の時代では、クラブ活動の道をそのまま大学に求めたものだった。私の同期ではなんたって山形修身君だ。彼は、高校時代の全道インターハイ5000Mで2位に入り、その後国士舘大学へ入学、2年生から3年間箱根駅伝を走った。2年生の時は8区、3年生の時は山下りの6区、そして4年生の時は8区で区間賞を獲得、チームは総合3位だった。東京オリンピックの翌年の琵琶湖毎日マラソンではアベベ選手と一緒に走り13位。大学卒業後は電電東京(現NTT東日本)で実業団選手として活躍、国体や、青森東京間駅伝では北海道代表として活躍した。
山岳部で同じ釜の飯を食った平武彦君は、大学でも山岳部に入り北アルプス等数々の日本の名峰を登った。現在は家(靴屋)を継ぐ条件で山をやめることになったが、山で培ったエネルギーは地元に活かされている。室蘭の活性化のため市民力を高める目的で「財団法人室蘭ルネッサンス」を設立し、自ら理事長を務めている。その「室蘭ルネッサンス」が続けている、希望の灯「測量山のライトアップ」は7500日を数えるギネス物である。特筆すべきは、このライトアップの費用は全てが市民からによるもので、行政からの援助は全く受けていない。また、室蘭の統一祭り「室蘭ねりこみ」も今年で18回目を迎える。「測量山のライトアップ」と「室蘭ねりこみ」はすっかり定着し、室蘭の顔になっている。

健康道場

私は、昆虫の勉強を続けるため大学に行くことにした、理学部か農学部か迷ったが、録音構成の取材で、清原部落の開拓者の苦労話を聞いていたので農学部を選考した。大学4年間昆虫の研究に関わったものの、卒業後、4年間は農業に関わる仕事をしたが、いつの間にか食品関係に携わることになった。特に50歳代になってサプリメントの商品開発の仕事に就き、昆虫とは全く無縁となった。しかし、40数年前の大学時代に出席した応用動物昆虫学会で報告された、「CO2が増えていて将来の動物などの生態に影響するだろう」という内容は忘れることが無かった。当時は今日のような温暖化になるか、あるいは氷河期になるのかは分からなかった。そのことが私の頭の中にインプットされていて、定年後に地球温暖化防止活動を推進することになった。高校時代のクラブ活動が生涯現役を目指したライフワークになろうとは想像もしなかった。また、健康のために40歳代から始めたジョギングも毎日続いている。昨年までフルマラソンも60回完走。また妻と一緒に月1回程度の登山も続いている。日本百名山も60山登っている。マラソンと山登りを活かして、地域の中高齢者の健康づくりのため始めた、野道、里道を歩くウオーキングの会「あおぞら健康道場」も6年が過ぎ63回を数える。定年退職後、私が生涯現役を目指したライフワークとして始めた、地球温暖化防止活動と健康づくりのウオーキング指導は、高校時代のクラブ活動から生み出されたものである。高校時代にご指導いただいた先生、諸先輩そして同期の皆様に感謝申し上げます。
                                     (完)
01:02:58 | リレーエッセー/時のかけはし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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