「校歌、歌える?」 栄12期:勘野 悦子
2010 / 01 / 06 ( Wed )
「校歌、歌える?」 栄12期:勘野 悦子  (白鳥会会報28号掲載記事より)

白鳥会会報27号に「校歌を歌えない生徒がいる」を読ませて頂くうちに、忘れかけていた十数年前の旅先でのミラクルな体験が鮮明に思い出されました。
3月のイタリアはとても肌寒く、その日は現地在住の日本人ガイドも私達に説明しながら、何度も咳き込み、随分辛そうにしていました。気の毒なのと、ひどく聞きづらかったこともあり、持参していた咳止めを渡しますと、幸いなことに咳は間もなく落ち着いて、私達はほっとしたものです。すると彼は「イタリアの薬はきかなくて・・・・」と呟き、「自分は北海道出身で・・・」というので「北海道の何処?」と聞くと、「室蘭・・・」「私も!じゃー高校は?」「栄・・・」とぼそりと答え、私は思わず「校歌、覚えてる?」というと何の躊躇もなく小さな声で歌い始めました。
   雲は晴れたり 室蘭の
   山より山えと 連なるみどりよ
   ・・・・・・・・・  ・・・・・・
   栄高校 その名に栄えて
とここまで歌った時、突然彼の声はとぎれて、この後の
   北海ここに 我らあり
は私の声だけになりました。最後のの歌詞だけを忘れたとは思えず、きっと彼の心の中では万感迫るものがあったのでしょう。校歌を歌ったことが異国での偶然と相まって、私も何か不思議な衝動に駆られたものです。お別れの時、残りの薬をプレゼントしましたたら、その後輩からは「校歌って忘れないものですねえ」と暖かい言葉が返ってきました。たびさきでのガイドさんとは一期一会の筈なのに、校歌の繋がりの奇遇はバチカンの観光よりも強い思い出となって心に残りました。

勘野さんイタリア左から勘野さん、隣がガイドさん

そこで後輩諸君に聞いてみたいことがあります。なぜ、校歌をうたわなくなったのですか?
前出のような校歌が繋いでくれた経験は、まだこないことでしょう。あるいは同窓生同士が旧交温めるには手っ取り早い手段も、年端もいかない卒業生には必要ないかもしれません。甲子園の高校野球でしか脚光をあびなくなってしまった校歌も、質実と剛健の二兎を追うには過酷な現代であることを鑑みると、歌うチャンスはないのでしょう。CDが配られ、聞きたければ聞くもよし、歌いたければ歌うも良しという割り切り方も然りです。
 しかし、後輩諸君にもそう遠くない将来、"校歌”が持つ、えに言われぬ癒しと、何とも形容しがたい威力と摩訶不思議な絆とに気づくときが必ず来ることでしょう。その時こそ配られたCDに手を伸ばし、耳を傾け、口ずさんでもらえることを願いたいものです。
 校歌の練習やファイヤー・ストームが廃止されたのには意図がおありとは思いますが、大勢の先輩諸氏には、それらは愛しい後輩諸君との接点を見出す一つの手段でもあったはずです。

勘野さんベルギー 私の数少ない旅の中の一つ、ベルギーでのこと。私達の横を小学生くらいの集団が大きな声で歌いながら通ったので、「何の歌?」と声を掛けると、あちらこちらからかわいい声で our song とか school song と答えてテンポよく歩いていきました。校歌のことを私達の歌と言えることや、行進できるくらいリズミカルな校歌などは日本では考えられないことなので些細なところで文化の違いを感じたものでした。
 ”たかが校歌、されど校歌”です!校歌の練習に少しの時間を割くことが学業に差し障りがあるとするなら、そういう時代なのかと納得しなければならないのでしょうか。
 さて、私事で恐縮ですが、故郷で初めての個展に同窓や同期の方々が尽力くださり、無事に終了することが出来ました。機会があれば感謝の意をこめて携わった皆さんと”our song ”を歌って、大いに祝杯を挙げたいと思います。
 
(写真は子供たちが歌いながら通っていったブリュセル、グラン・プラス広場) 
12:21:33 | 白鳥会会報掲載記事 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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