室高1期の先輩諸兄
2008 / 07 / 23 ( Wed )
―――思い出話し=室高1期の先輩諸兄―――    5期 鈴木 雄

我が室蘭栄高校の前身=室蘭中学=ムロチュウ…と云ったら、我々少年時代文明開化の登竜門みたいな憧れの象徴だった。その兄がムロチュウに入学したときは、3歳下の私自身jが意気衝天の喜びだったが、その後直ちに新制中学が何処でも出来ることになる。心外であった。
私の家は登別、近所に兄より3期上の飯島孝さんが居られた。幼い頃から親しくさせて頂いたが、私が多少話しが通じるようになった頃は飯島さんは室工大に通学されておられた。其処で飯島さんの家に出入りする方々は室高1期昭和24年卒の室工大の学生たち、私のような新制中学に入ったばかりの少年をからかい半分、社会文化のトバ口の手習いをさせて頂いた。この一群のリーダー格が飯島さんで、室工大の初代学生会会長、いささか“危険”な時代の共産党の幹部としても知られていた。
田舎町の登別の駐在巡査などは、飯島さんの近辺を探れば火薬の所持・火炎瓶の実行手段などが手に入るかもしれないと鵜の目鷹の目、高校に通学の私の兄などは「警察のイヌなど俺に近寄るな!」なんて怒鳴るから、駐在は中学生の私を手なずけようとしていた。其処に目を付けたのが飯島さんの友人たち、少年の私に冗談話しを持ちかけることになった。熱心だったのは榎(定之)さん、庄(祐照)さん、松川(正美)さん、皆室高1期卒室工大の学生、私に生まれて初めてのドイツ語を口移しで叩き込んだ。
「ダス-ヤール-デル-シェーネン-タウシュンゲン」。
数日後駐在巡査に肩を抱きかかえられた私は「孝(飯島)さんが大事にしてる言葉、オレ知ってるよ」とヤったのである。駐在は反応した。「デル、ダス、…それだ! 火炎瓶だ、爆弾だ、も一回云ってくれ!」。駐在は大慌てで走り去った。私の報告を聞いた先輩たちはからかい話しが嵌って大喜びだった。
「Das Jahr der Schonen Taushungen」
ハンス・カロッサの小説『美しき惑いの年』は未だ邦訳されていなかったのではなかろうか。先輩たちはガリ版刷りの教科書の部分に目を通しておられたように思う。当の飯島さんは苦笑されながら「学がないからと言って下っ端巡査をからかうのは止めてくれ、そんなのオレの一番嫌いなことじゃないか!」と同輩たちをたしなめた。
こんな大先輩たちとも一緒に酒呑める私等皆71~2、先輩諸兄喜寿、同じ大学の寮の先輩でもある佐藤四郎さんと最近お話ししたとき、佐藤さんは「榎と庄はもう逝っちまった、松川は健在、飯島は知ってんだろ?」…、だが、飯島さんは技術の会社に勤められた後岐阜経済大学教授になられたが、二、三年前お会いしたかったところ「喋ることもままならない情けない身(脳梗塞)を看に来ないでくれ」とのことであった。
この室高1期、相撲の全国優勝を果たした学年、主将平さん・副将高須さんは大学でも強豪であった。3番手の古宮さんは後々東芝の副社長までなられた方、4番手が先ほどの佐藤四郎さん=大学の電気工学卒業/新日鉄の傍系企業の経営者を勤められた。皆さん経歴いろいろだが、どうも我々より個性的/独自性が優れて居られるような気がする。佐藤先輩は「そんなこともあるまいが、お前等俺たち/青年と少年が係わり合った時代の感覚が今薄れてしまった気はするなあ。」と云われるが、白鳥会など、そんな繋ぎが有用なのかもしれない。
16:31:55 | リレーエッセー/時のかけはし | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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