挑戦<北海道一周・東回り:第4ステージ> 栄高第13期 山形修身
2015 / 08 / 19 ( Wed )
挑戦<北海道一周・東回り:第4ステージ> 
栄高校第13期 山形修身


●1日目:6月6日 浦幌→晩成 40キロ
●2日目:6月7日 晩成→広尾 35キロ
●3日目:6月8日 広尾→エリモ岬 40キロ
●4日目:6月10日 エリモ岬→浦河 40キロ
●5日目:6月11日 浦河→静内 40キロ

ナウマン像遺跡 セキレイ館
ナウマン像遺跡(1日目)           記憶に残る人情旅館(1日目)

エリモ様は、なかなかその姿をみせてくれない(3日目<6月8日>走行距離40キロ)。
広尾(廃駅)を出発してから、ほどなくして海岸線に出ると、長・短の覆道、トンネルが延々と続く。
広尾入りまるでお金を敷きつめたように資金が費やされた道路として命名された、黄金道路。それに、この覆・トンネル、これでもか、これでもかと続き、まるでエリモ様をお守りする兵士のように構え、連なっている。
トンネル続く一番長いところで約5キロの黄金トンネル。3キロの目黒トンネル。18カ所位までは覚えていたが・・・。その兵士たちを抜けると、今度は道路の両側に深い繁みが、これまた延々と続く、これが、かつて襟裳砂漠と言われていたものを地元PT(雑海藻緑化工法)により、今では、この森林からのエキスが豊かな海(特に海藻)を育むまでになっている。この森林街道は、まるで大奥のいる屏風に飾られた廊下のようになっている。この大奥にはクマ、シカ、リスたちが忍者のように潜んでいて、その大奥をしっかりガードしている。大奥を抜けると途端に見晴らしが良くなりエリモ様の突端が見えてくる。こんなところに自衛隊の基地まである。エリモ様は幾重にも守られているのだ。
やっと辿り着いた。ここでもエリモ様をお守りするかのように、今まさに浮上しょうとしているゴジラの尾ビレのような岩礁が2キロも連なっていた。日高山脈はゴジラだったんだ。

第2展望台」 エリモに立つ 襟裳岬jpg
立ちションも命がけ       襟裳岬に立つ。ゴジラの尾びれだ     襟裳岬

これで私の挑戦、宗谷岬と襟裳岬が繋がった。宗谷は、海抜3メートル、平坦な長いカーブの続く国道沿いにオホーツク海の門番のような顔をして立っていたし、岬と言ったら断崖絶壁に立つ故郷地球岬のイメージだったが、それぞれに全く違う顔を見せている。
北海道は広いな~!
知床の世界遺産とまではいかないまでも、北海道の岬達を是非、観光名所として、末永く守っていって欲しいものである。
“エリモは何も無い春です”という歌詞があるが、それをそっくり浦幌→晩成(1日目<6月6日>40キロ)、晩成→広尾(2日目<6月7日>35キロ)のナウマン(336号)国道沿線に差し上げたい。何しろ小型マンモスのナウマンという像が発掘されただけあって大小の沼や山間部の丘陵・湿地帯が長いアップダウンとなって続いていて、何か出没する気配が漂っているが、あとは何も無い、ホント何も無い。それに幅広の道路なのに車の往来が殆ど無い。私なら、ジョギング、ウオーク、サイクリングコース、冬はスキーのクロカンコースとして町興しなどどうなのか、と勝手に思ってみたくもなる。えりもの旅館就寝前の地元TVニュースで浦幌近郊の小学校付近でクマの目撃情報とかで集団登下校。2日前その脇道を通過している。

様似・塩釜トンネル トンネル
様似・塩釜トンネル(4日目)

4日目(<6月10日>40キロ)エリモ岬→浦河は終日、雨。5日目(<6月11日>40キロ)浦河→静内は小雨、濃霧、曇り。えりも町から襟裳国道(336号線)沿い20数キロ程の様似海岸付近。ここは、北米プレートとユーラシアプレートとが北海道の東西で衝突している最前線だといい、その証として、海岸線の奇岩アート(塩釜トンネル、ローソク岩等)や山間部の鋭い渓谷、造形に現れている。日高山脈誕生の古代現場に立ち会う事が出来た。日高山脈はゴジラではなかったんだ。このプレートがゴジラのように騒ぎ出さないよう祈っている。

雨の浦河ゴール 優駿の門 浦河風景
雨の浦河ゴールまでもう一息(4日目)  優駿の門を通過。牧場も霞んで仔馬も見当たらない(5日目)

雨のランニングは嫌いではないが、楽しみにしていたサラブレット生産地、浦河町の通過、ゴール静内町付近にある沿道の牧場も霞み気味で、競走馬の子供たちは見当たらない。シンザンロードなどの脇道に入っていくと有名な牧場が沢山あるのだろうが、雨で体も冷え、そんな気力もない。
その競走馬だが、血統だけで走れるのではない。我々ランナーのように坂道(クロスカントリートレ)での筋力・スピードUPや数頭による併せ馬(我々のインターバル&レペティショントレ)での心肺機能UPや競争の心得など、こうした厳しいトレーニングを経て選ばれた馬だけが檜舞台に立てるのである。年間約7000頭生まれる競走馬だが、勝てない為に地方廻りはまだしも、9割が故障馬も含め殺処分されている厳しい現実がある。
今回の挑戦は、高嶋君からの挑戦状だったのかも知れない。
もともと彼の情熱に呼応したことから出発したこの挑戦。一人称では組立ておらず、彼の進捗状況、距離に触発され、彼に負けまいと私は動かされていたからだ。
この挑戦で、これから先、私のやるべきことは定まったし、その為の体力・気力のチェックもできた。彼からの挑戦を受けて本当に良かったと思っている。

■東回り第5ステージは、報告文書化が遅れておりますが、7月7日(火)3名で既に終了いたしております。
□静内→節婦(10キロ)富森君(13期3組)
□節婦→富川(30キロ)S社長(NTT時代の友人;走る仲間)
□富川→苫小牧市役所前(47キロ 山形)



これで北海道一周マラソンの東回りも苫小牧からの最後のランを残すのみとなりました。事務局で最初に高嶋さんから聞いたときには年齢を考えると、還暦どころか古希を走りぬこうという計画なのでそんな無茶な・・・・と心底思ってました。でも、もうゴールが目前です。

≪10月17日(土)15:00栄高校門前ゴールです。≫

13期だけではなく栄校同窓生皆で最後のランに参加しよう。
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