生きがいを残してくれた高校時代の日々
2009 / 02 / 01 ( Sun )
生きがいを残してくれた高校時代の日々

第13期卒業 高嶋 威男

 私達の入学式ではグリークラブ(11,12期の8名)のハーモニーが歓迎してくれた。校長の話などは記憶にいないが、あの男性コーラスの響は今でも忘れていない。昼休みには毎日応援歌の練習、昼時間になると応援団員が教室にきて指導してくれる、そのため早飯をする。そのうちクラブ活動の紹介があり、運動部、文化部一つづつクラブに入るよう勧められる。私は運動部として港北中学校の先輩、伊花忠夫さんの勧めで山岳部に、文化部はやはり近所の先輩から誘われ生物部に入部した。また中学校の先輩広野貢二さんからは放送局へ誘われた、その時のボス(局長)が東京白鳥会の事務局を担当している小林澄子(旧姓岩瀬)さんだった。だから今も頭が上がらない。
 山岳部では基礎体力をつけるトレーニングとしてイタンキ浜でウサギ跳びをしたり、キスリングを満タンにして階段登りなどをして鍛えた。また装備の使い方や三点支持など訓練された。お蔭で今も趣味でつづけている登山に役立っている。1年目は大雪山の縦走、(天人峡温泉~化雲岳~白雲岳~黒岳~層雲峡温泉)だった。小林澄子さんも一緒だった。1年生の私と平君は食事係だ、朝は暗いうちから起きて食事の支度、雪渓からしたたる手が凍るわずかな水で米を研ぎ、飯ごうを焚き火にかける。失敗もあった、汁粉に間違って塩を入れてしまった。でも先輩は優しかった。昨年40年ぶりに大雪山(旭岳~黒岳)を縦走した。コマクサやイワギキョウなど高山植物が咲き乱れていた。なんと言っても山の大きさは日本一だ。
生物部では岡本先生の影響か、植物をやる人が多い中で私は昆虫を選択した。山岳部、生物部の活動で室蘭岳にはよく登った。ヒュッテにいく途中の牧場には牛や馬が放牧され、その糞に集まってくるコガネムシ類、特にダイコクコガネの生態に興味がわき、いつもスコップを持って行ったものである。ダイコクコガネの研究は、全道高文連で成果を発表した。私が卒業後も後輩たちが研究を継いでくれたようだ。
放送局では、録音構成「新しき土」が全国高校放送コンクールで東日本地区の最優秀賞を受賞した。この録音構成は、大滝村の清原開拓部落をテーマにしたもので、入植からの開墾の苦労話と、入植者を支えた小学校の校長先生の話からの構成だったと思う。全体の指揮はボスである小林澄子(旧姓岩瀬)さん、私は、主に運搬、設営を担当した。清原へは新大滝駅(旧胆振線)から徒歩で2時間近くかかった。キスリングにはデンスケ、テントが入っていて結構な重量だった。制作には2年をかけ、現地の取材も数回に亘った。
卒業後は私達の時代では、クラブ活動の道をそのまま大学に求めたものだった。私の同期ではなんたって山形修身君だ。彼は、高校時代の全道インターハイ5000Mで2位に入り、その後国士舘大学へ入学、2年生から3年間箱根駅伝を走った。2年生の時は8区、3年生の時は山下りの6区、そして4年生の時は8区で区間賞を獲得、チームは総合3位だった。東京オリンピックの翌年の琵琶湖毎日マラソンではアベベ選手と一緒に走り13位。大学卒業後は電電東京(現NTT東日本)で実業団選手として活躍、国体や、青森東京間駅伝では北海道代表として活躍した。
山岳部で同じ釜の飯を食った平武彦君は、大学でも山岳部に入り北アルプス等数々の日本の名峰を登った。現在は家(靴屋)を継ぐ条件で山をやめることになったが、山で培ったエネルギーは地元に活かされている。室蘭の活性化のため市民力を高める目的で「財団法人室蘭ルネッサンス」を設立し、自ら理事長を務めている。その「室蘭ルネッサンス」が続けている、希望の灯「測量山のライトアップ」は7500日を数えるギネス物である。特筆すべきは、このライトアップの費用は全てが市民からによるもので、行政からの援助は全く受けていない。また、室蘭の統一祭り「室蘭ねりこみ」も今年で18回目を迎える。「測量山のライトアップ」と「室蘭ねりこみ」はすっかり定着し、室蘭の顔になっている。

健康道場

私は、昆虫の勉強を続けるため大学に行くことにした、理学部か農学部か迷ったが、録音構成の取材で、清原部落の開拓者の苦労話を聞いていたので農学部を選考した。大学4年間昆虫の研究に関わったものの、卒業後、4年間は農業に関わる仕事をしたが、いつの間にか食品関係に携わることになった。特に50歳代になってサプリメントの商品開発の仕事に就き、昆虫とは全く無縁となった。しかし、40数年前の大学時代に出席した応用動物昆虫学会で報告された、「CO2が増えていて将来の動物などの生態に影響するだろう」という内容は忘れることが無かった。当時は今日のような温暖化になるか、あるいは氷河期になるのかは分からなかった。そのことが私の頭の中にインプットされていて、定年後に地球温暖化防止活動を推進することになった。高校時代のクラブ活動が生涯現役を目指したライフワークになろうとは想像もしなかった。また、健康のために40歳代から始めたジョギングも毎日続いている。昨年までフルマラソンも60回完走。また妻と一緒に月1回程度の登山も続いている。日本百名山も60山登っている。マラソンと山登りを活かして、地域の中高齢者の健康づくりのため始めた、野道、里道を歩くウオーキングの会「あおぞら健康道場」も6年が過ぎ63回を数える。定年退職後、私が生涯現役を目指したライフワークとして始めた、地球温暖化防止活動と健康づくりのウオーキング指導は、高校時代のクラブ活動から生み出されたものである。高校時代にご指導いただいた先生、諸先輩そして同期の皆様に感謝申し上げます。
                                     (完)
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